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弘法山から鶴巻温泉

<日 程> 09.01.28(水)
<コース> 小田急線・新宿駅=秦野駅-弘法山公園入口-権現山-弘法山-善場峠-吾妻山-弘法の湯-鶴巻温泉駅=新宿駅
<参 加> 里山の会・6名

◇OB里山の会の今回は、陽だまりを探して弘法山公園を歩くこと。秦野駅には6名の仲間が集まった。寒さも本格化して体調を崩すなど 参加者が少ないのがやや残念。

◇整備された駅前通りを抜けて、弘法公園入口の看板に従って山道に入ると、車の音も少しずつ遠ざかり、冬枯れの山の雰囲気が漂ってきた。途中、一人のハイカーに出会い50分ほどで早くも権現山山頂(243.5m)だ。

Gonngennyama ◇広い山頂には写真のような展望台があり、丹沢山塊や街並みが手にとるように見える。富士山は到着時にはガスがかかって見えなかったが、昼食休憩をとってしばらくすると、その姿を少しずつ現してきたのだからラッキーだ。

Gonngennyama2 ◇山頂にはベンチが置かれ、私たちと同じような中高年? のハイカーが休憩をとっている。近くには「かながわ探鳥地50選・権現公園」の看板が立ち、傍らの探鳥小屋には何人かの人が窓の隙間からカメラを覗かせていた。

◇次に向かったのは弘法山。むかし、弘法大師が修行したことからその名が付いたというが、広い山頂には大師堂があり弘法大師の坐像を拝むことができる。権現山とともにこの辺りは弘法大師ゆかりの山が多い。

◇近くには『弘法の乳の水』の石碑が建ち、「真夜中に誰にも知られずに山に登り乳の水を飲むと乳がどくどくと出るようになる」と伝えられ、これを求めて多くに人が訪れた」という井戸がある。これも弘法大師のご利益か?

Nobori ◇山道とはいえ良く整備された広く明るい道、枯れた木々の合間から差す木漏れ日が何とも気持ちがいい。吾妻山着で小休止。山頂には吾妻神社の石碑が建っていた。

◇僅か標高300mにも満たない低山だが、適度な起伏を楽しみ三つのピーク(権現・弘法・吾妻山)が踏めたのだから嬉しい。

◇鶴巻温泉駅近くの日帰り温泉施設「弘法の里湯」で汗を流して乾杯、久しぶりの仲間との交流に満足した。

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棒ノ嶺のつもりが…

◇1月24(土)~25(日)、かつての職場OB7名で棒ノ嶺に登り、その日は定宿となっている河又の民宿「河鹿荘」に泊まって新年会という予定で出かけたのだが…。

Yukinonaguri ◇その日は朝からの曇り空だったが案の定、歩き始めるとまもなく雪が降ってきた。最初のうちはパラパラと来た雪も、次第にその量は増えるに従ってみんな不安になってきた。

◇「山頂付近は相当積もるのでは…」「アイゼン持ってないし…」、中には「風邪気味だし…」等など、マイナス思考の意見が飛び出してきたのだから困った。

◇普段はあまり山歩きに慣れていない連中の集まりだから仕方がないが、結局みんなの判断で、日帰り温泉“さららびの湯”まで戻り、山登りを急きょ温泉入浴に切り替えることになったのだから情けない。

Jyuugatuzakura ◇久しぶりに逢う仲間との交流が目的で、山歩きは二の次の私たち 朝から温泉に浸かり、飲んで食べておしゃべりするのも良いか、と気持ちを変えて温泉へ。近くには十月桜がほころんでいた。

◇雪見酒… と、たっぷり3時間、ゆったりとした時間を過ごして早めに宿に。民宿は私たちで貸切状態、宿のみなさんから歓待を受けてまた一杯、とんだ山登りとなったが、久しぶりの仲間との再会に満足して、午後8時には床についた。

Kajika ◇翌朝はスッキリと晴れ上がった登山日和、だが、それぞれに予定のあるみんなのこと、朝食後は早めに解散となった。

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高尾山0901

<日 程> 09.01.18(日)
<コース> 京王線・高尾山口-(1号路経由)-薬王院-高尾山(599m)-もみじ台-一丁平-小仏城山(670.3m)-弁天橋-JR相模湖駅
<参 加> 27名

◇大勢の人で埋め尽くす駅前広場には、当会27名の仲間が集まった。リーダーからコース説明や諸注意を受けて出発。

◇さすが人気の高尾山、初詣の一般客も多くケーブルカーはフル稼働のようだ。私たちは乗り物は使わずに1号路(表参道)経由で山頂を目指し、一丁平から城山を越えて相模湖側に下るコースをたどることにした。

◇舗装された広い道を登りにかかると展望の良い金毘羅台着、厚着した私たちは1枚脱いで小休止をとった。生憎の曇り空、遠く都心のビル街が霞んで見えた。

◇ケーブルカーの終点・高尾山駅前を通過して“たこ杉”前にやってきた。樹齢450年、高さ37m、幹囲6mという巨大な杉、木の根がタコの足のように見えることからその名が付いたというが、歴史のある高尾山ならでの名木だ。

Gonngenntyaya ◇浄心門をくぐり、長い階段を登って見晴らしの良い権現茶屋前を通ると可愛らしい天狗の人形が目を引いた。高尾山は、元来は修験道の霊場であり、天狗信仰の霊山としても知られていることから、いたるところに天狗の姿が目につく。薬王院境内にある大きな天狗のモニュメントが印象的だ。

Yakuouinn ◇大勢の人で賑わう薬王院で参拝をすませ、本殿の裏からさらに20分ほど登ると標高599mの高尾山山頂だ。山頂広場には“富士見100景”の看板があるが、残念ながらガスがかかって富士山は拝めなかった。

◇しばしの休憩で出発。これから先、北西に伸びる尾根道・奥高尾方面に向かう人の数は急に少なくなり、静かな山歩きを楽しむのもまた良いか、と…。

◇しかし、もみじ台から一丁平へ向かう途中の階段は工事中。霜柱がたった掘り返した土が解けだして滑り易く、土がべっとりと登山靴にまとわり付いて歩きにくい。思わぬ悪戦苦闘を強いられた。

◇一丁平の高台に建つ東屋で昼食休憩。風もなく寒さは感じないが相変わらずガスがかかって遠望はなく、富士山の雄姿を期待した仲間が残念がることしきり。

Siroyama ◇西側の尾根を進んで小仏城山着。4等三角点がある山頂は広く、傍らにの茶店前の周りにはベンチが置かれ、鍋を囲んで昼食を摂るハイカーの姿もあった。目の前には丹沢は道志の山々が、眼下には相模湖を見下ろせる格好の休憩ポイントだ。

◇山頂からは小仏峠への道を右に分けて相模湖方面へ向かうと、この辺りは東海自然道として登山道が良く整備されいる。快適なた山歩きを楽しみ弁天橋経由でJR相模湖駅に着くと東京駅直通電車がすぐに来た。

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子ノ権現初詣

<日 程> 09.01.11(日)
<コース> 吾野駅-子ノ権現-豆口峠-竹寺-中沢=飯能駅
<参 加> 26名

◇今回は足腰の神様でおなじみの子ノ権現と、牛頭天王をご本尊とする竹寺をめぐる初詣山行、寒い一日だったが吾野駅前には大勢の仲間が集まった。

◇吾野駅前を出発。御嶽神社脇から沢沿いの舗装道路を登りにかかると辺りは木々に囲まれて薄暗く、所々の路面凍結で寒々とした感じが伝わってきた。

Nenogonngenn◇浅見茶屋前でひと息入れて山道に入る。うっすらと雪化粧した植林帯の中をジグザクに登り、いちど舗装道路に出て再び登り返すと子ノ権現の山門前に着いた。

◇この辺り ハイカーの姿が思いのほか多く、初詣でを兼ねた人たちのようだ。本殿に着いて参拝をすませると、傍らには子ノ権現の信仰的なシンボルとなっている大きな鉄のわらじが立っている。わらじをバックに写真を撮る人たちの姿もあった。

Tennbou1 ◇本坊を左から回り込むと風が避けられる陽だまりがあり、そこは見晴らしも良いことから格好な休憩ポイントとなっている。すでに大勢の皆さんが休憩中だが、私たちも仲間入りして昼食休憩とした。

◇日向ぼっこを兼ねて昼食をすませ、出発すると豆口峠に着いた。そこには“神送り場”の看板が立ち、むかし、悪い流行病などがはやると村人たちは鐘や太鼓を叩いてかけ登り、頂上で疫病神を追い払うという習わしがあった、等と記されていた。

◇樹林帯を抜けて竹寺着。牛頭天王本殿をお詣りし、安全登山を祈念した。縁起物の茅の輪をくぐり本坊へ向かうと甘酒が用意されており、みんなでご馳走になった。

Hukujyusou ◇さらに、洒落た竹筒に入ったお神酒を注文、少しずつ分けあって新年を祝った。境内の片隅には早くもクジュソウが見事な花をつけていた。

◇陽のあたらない山間のバス停は寒く、待ち時間がより長く感じられた。バスで40分、飯能駅には早めに着いた。

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越生七福神めぐり

<日 程> 09.01.04(日)
<コース> 越生駅-法恩寺(恵比寿)-正法寺(大黒天)-弘法山(弁財天)-最勝寺(福禄寿)-円通寺(寿老人)-龍穏寺(毘沙門天)-全洞院(布袋尊)=越生駅
<参 加> 27名

◇新年を迎えて、今年最初の山歩き(里山歩き)は、“武蔵越生七福神めぐり”となった。当日は越生町主催の七福神めぐりと重なった為に、越生駅には大勢の人が降り立ち、受付場所となる法恩寺へ向う長い行列ができていた。

◇私たちも越生駅から2~3分の法恩寺に集合、新年の挨拶を交わして出発した。正法寺でお詣りを済ませると、参拝者には温かい甘酒が振舞われ、可愛いらしい女の子から地元産みかんのプレゼントもあった。

Mumeisennsi ◇その先山道に入り、世界無名戦士の墓に立ち寄り高みからの展望を楽しむことに.。世界無名戦士の墓は、その名のとおり太平洋戦争で世界各地に散った戦没者を供養するために建立された供養塔。お天気に恵まれて、高台に建つ塔からは都心の高層ビルや関東平野を一望できた。

Koubouzann ◇弘法山を経由して梅林入口バス停から西へ進み最勝寺着。山門の脇には「源頼朝公之祈願所」と大きく刻まれた石柱が立っていた。陽だまりを見つけて昼食休憩、近くには手作り豆腐のお店があり、初売りサービスで大賑わいだ。

◇特産物販売所脇を通って円通寺着。境内には寿老尊の石像があり、「運のよくなる寺」と記されたご本尊にはお詣りをする人たちで長い列が出来ていた。

◇大田道灌公の墓がある龍穏寺に参拝し、峠を越えて全洞院に着いた。この寺には飯能戦争で自刃して果てた振武軍副将・渋沢平九郎の墓もある。

◇これで全長12.6kmの七福神めぐりは終了。この先越生駅までは、町の無料送迎バスが出ているが、バス待ちの長い行列ができていた。このイベントには2千人を越える人たちの参加があったというのだから仕方がない。

◇バス待ちの間、甘酒が出たり福引があったりで時間を過ごしたが、1時間30分の待ち時間はあまりにも長く、越生駅に到着すると、同時出発の“歩き組”がほぼ同時に到着した。

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佐野厄除大師

◇お正月の2日(金)、箱根駅駅伝をテレビでじっくり観たいとも思ったが、家族に誘われて佐野厄除大師へ初詣でに行くことにした。

◇9時30分頃に車で家を出て外環から東北道に入ると高速道路は順調、快適なドライブを楽しむ。だが、佐野藤岡IC近くになると渋滞が始まり、出口までは3km渋滞の表示が目に入った。

Sanoyakuyokedaisi ◇佐野藤岡ICを出ると今度は一般道が渋滞、やっとのことで寺院近くに着くと駐車場がいっぱいで車を止めるのに時間がかかり、結局、参拝者の長い列に並びお詣りを済ませたのは午後3時を大幅に回っていた。途中の昼食時間を差引いても随分時間がかかったものだ。

Ema ◇佐野厄除大師の歴史は古く、関東三大師の一つにも数えられるている名寺院、さすがに人出が多い。世情不安の年は初詣客が増えるとも言われるが、その影響もあるのだろうか。

◇この1年の家内安全を祈って初詣をすませ境内を出ると、寺院の周りには“佐野ラーメン”の看板が目につく。

◇いわゆるご当地ラーメンと言われる佐野ラーメン、今や佐野市にとって観光資源の一つとして町おこしに果す役割は大きい。東京、埼玉などから気軽に日帰りでやって来る人も多いとか。

◇近くの観光物産会館に立ち寄り、お土産用のラーメンを買って帰路に着いた。

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初詣

◇元旦の朝は、近くの神社で初日の出を仰ぎ、参拝するのが私の日課、もう何年も前から続く年中行事となっている。

Takibi ◇5時50分、懐中電灯を片手に家を出る。約40分かけて城山神社に着くと辺りは少しずつ明るくなってきた。境内の焚き火で暖をとり、初日の出を見るために展望台へ向かう。

◇“滝の城跡”に建つ城山神社は、見晴らしの良い高台にあり初日の出を拝むには格好な場所、元旦の朝は大勢の人がやってくる。良い写真を撮るには場所取りも大変だ。

◇ちなみに、滝の城は滝山城(八王子市)の支城と言われ、北條氏照の持城と考えられていたが、豊臣秀吉の小田原城攻略の際、落城したと考えられている。

Hinode ◇東京地方での初日の出は6時51分、東の空が少しずつ明るくなって来るとカメラを構える人たちがそわそわし始める。間もなく今年初めての太陽が顔を出してきた。

◇お天気に恵まれて初日の出がはっきりと見える。パチリッ パチリッとシャッター音、小さな歓声もあがる。それも束の間、10分もするとほとんどの人が引き上げて行く。待つ時間は長いが引けるのは早いのは毎年のことだ。

◇長い列に並び、今年1年の無事を願って参拝をすませると、焚き火の周りには、おでんや甘酒、お神酒のサービスでひと息つくと大勢の人たちの姿が見られた。

Hujisann3 ◇辺りはすっかり明るくなって家路に向かうと、途中見晴らしのよいところからは富士山の姿がすっきりと見えた。

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