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能登観光・その2

Madoiwa ◇千枚田を後に国道249号線を北に向かい冬の能登の風物詩として知られる“波の花”の名所・窓岩に着いた。だが、期待に反して波の花は全く無い。

◇波の花は、厳寒の荒波にもまれた海中の植物性プランクトンの粘液が石鹸状の白い泡となり、海岸の岩にぶつかって宙に舞うという現象。

◇ガイドを兼ねたバスの運転手さんが「気温がマイナス2度以下で、波高4m、風速13m以上になると見られるのですが、今年は暖冬の影響で残念ですね」と申し訳なさそうに話してくれた。

◇次に珠洲の塩田村にやって来た。昔ながらの「揚げ浜式」の塩づくりが体験できるところ。ちなみに塩浜(塩田)には、揚げ浜式と入り浜式とがあり、入り浜式は塩の満ち引きを利用して自動的に浜に引き入れるもので瀬戸内海地方で主に行われている製塩法だそうだ。

Enndenn ◇97%は水という海水を汲み上げ、塩に至るまでの一つひとつの工程を観て回った。写真は濃縮した海水を塩田に撒く作業、係の方が実演して見せてくれたもの。

◇こうして作られた塩はミネラル豊富は自然塩、口に含むとうま味がある。即売場では“すずの塩”と塩作りの過程で出来る“天然にがり”をお土産にする人が多かった。

Tokikuni ◇バスに戻ってホテルへ向かう途中立ち寄ったのが国指定重要文化財“上時国家”。平清盛の義弟・平大納言時忠は源平の合戦で平家が滅亡し、能登に配流となったが、その子時国の館がこの上時国家。

◇およそ180年前に再建された上時国家は、建坪180坪の入母屋茅葺屋根、高さ18mという巨大な建物、高さでは4~5階建てビルに相当するとか。

◇館内に入ると、武具や道中道具、千石船用品、篭などの調度品類などが展示されていた。ちなみに、この建物には時国から数えて25代目にあたる方が今もお住いになっている。

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能登観光・その1

◇09.02.19(木)~20(金) 一泊二日で能登観光に行って来た。

◇羽田を遅い便で出発、能登空港には11時20分に着いた。バスに乗り換えて最初に向かったのは伝統工芸「わじま塗」の漆器工房だ。

◇まずはお店の人の案内で、長い時間と手間をかけて作る輪島塗の製造工程を観て回った。作業場はいくつかの部屋に仕切られ、それぞれ数人の人たちが作業をしている。ひと回りすると輪島塗の展示即売会会場(お店)だ。

Sikki ◇食器類や茶箪笥、テーブル、漆額、衝立など様々な品が並んでいるが、いずれも高価なものばかり。ウン万円からウン十万円はあたり前、なかには何百万円の値段が付いた衝立などもあるのだから驚いた。さすが輪島塗、 商品というよりも芸術品を観ているようだった。

◇なかには手ごろな値段で買える商品コーナーもある。そこには大勢の人が集まりお土産探しで忙しい。私たちも箸やフォークなどの小物を買って次へ向かった。

◇日本海を見渡せる“キリコ会館”にやって来た。キリコ(切籠)とは切子灯籠を縮めた呼び名。能登各地で繰り広げられる夏祭りや秋祭りに、お神輿のお供役として夜道の明かしとして神々にささげる御燈明のことだ。

Kiriko ◇薄暗い館内に入ると、ろうそく(ここでは電灯だが)の明かりにくっきりと浮かび上がる大きなキリコに圧倒される。なかには高さ15m重さ2トンという巨大なものから、幼児がかつぐ可愛いものまで大小さまざまなキリコが展示されている。

◇2階の展示コーナーには第54代横綱・輪島大士の写真が大きく掲げられている。広い展示コーナーには数々品が展示され、力士・輪島はこの地方の人たちにとって自慢の横綱であることが判る。

◇バスに戻り海岸沿いの道路を進むと“千枚田”にやって来た。千枚田は各所にあるが海岸に面した千枚田は全国でも珍しいという。海のミネラルは土壌や作物を活性化させる働きがあり、この畑で獲れた米は実に旨いそうだ。

Sennmaida ◇一つひとつの田は小さい。昔話に「百姓夫婦が田植えを終えて、念のために水田の数を数えてみた。すると、千枚あるはずなのにどうしても二枚たりない。日も暮れてきたのであきらめて帰ろうと、そばにあった二人の蓑をとりあげてみると、その下に二枚の田が隠れてあった」 と…。

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0902狭山丘陵を歩く・後編

Sannakkutenn ◇冬枯れの山道を進むと、標高194.0m地点に一等三角点がある。一等三角点といえば高山をイメージしがちだが、標高の低い、あるいは平地にもある。角が欠けた三角点、大事に周りを囲って悪戯しないで、と哀願しているように見えた。

◇一旦、高根集落に下り高根山公園経由で六道山公園にやってきた。「関東の富士見100景」と記された展望台に登ると360度の展望が開けている。残念ながら富士山は見えないが、都心を始め西武ドームや立川方面などが一望できた。

◇尾根道を下って水田(岸たんぼ)経由で里山民家へ。お昼時とあって大勢の皆さんで賑わっている。私たちは民家裏の芝生で車座になって昼食休憩とした。

◇真冬のこの時期に昨日は24度近くに気温が上がるという異常気象、その煽りで今日も4月並みの陽気とか、お天気に恵まれて寒さは全く感じない。

Satoyama1 ◇昼食後は、この施設の係の女性から里山民家についての説明を受けた。「母屋は江戸中後期の名主格の農村住居で狭山丘陵南麓の民家を新築移築したもの…」。母屋の入口は広く、馬に乗ったまま土間に入れるという話が私の耳に残った。

Ohaka1◇「高岡の殿様とか、高岡様とかゆってンケンド造り酒屋だったそうだアね… 墓場は天王様へ行く途中を右にヘエッった山ン中にアンだアよ。立派な墓だアなあ」(武蔵村山市立歴史民俗資料館ー資料提供) という案内板に従って脇道をすすむと、林の中に大小10ぐらいのお墓があった。

◇再び尾根道に戻り赤坂谷戸を下り、公園管理事務所に立ち寄って小休止。狭山丘陵に係わる多くに資料を見せていただいた。

◇次に向かったのは六地蔵だ。明治の頃、この辺りでは赤痢が大流行し大勢の人が亡くなった。六地蔵はこうした人々を供養するために三面に二体ずつの地蔵尊を刻んだもの。この場所は通称焼場とも言われていたとか。

◇途中私たちの前をアオジ(野鳥)がよぎった。警戒心の少ないこの鳥はすぐ近くの小枝に止まって肉眼でも確認ができた。「スズメみたい」と誰かが…。双眼鏡持参の人も見られたが、シジュウカラやツグミ、ヒヨドリ、カワラヒワ、大空を舞うノスリ(猛禽類)なども確認したがその数が思いのほか少なくやや残念、次回に乞御期待だ。

◇野山北公園着。帰りの方向がそれぞれ違うことからここで一旦解散、近くの駅まで歩く人、バスを利用する人に分かれた。

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0902狭山丘陵を歩く・前編

<日 程> 09.02.15(日)
<コース> JR箱根ケ崎駅-円福寺-慰霊塔-(お伊勢山コース経由)一等三角点-高根山公園-出会いの辻-六道山公園(展望台)-水田(岸たんぼ)-里山民家-猿久保-尾根道-赤坂谷戸-管理事務所-六地蔵-野山北公園-横田バス停=立川駅
<参 加> 27名

◇箱根ケ崎駅前を出発、円福寺にやって来た。1月にはだるま市、6月にはほおずき市が開かれるという境内はきれいに清掃が行き届き、白梅・紅梅の花がほころび始めていた。

◇境内でコース説明をしていると、お寺の方から「涅槃図(ねはんず)をご覧になりませんか?」と声がかかった。

◇涅槃図? 今日(2月15日)はお釈迦様がお亡くなりになった日、各仏教寺院では涅槃図を祀った法要が行われるという。法要が行われる前の僅かな時間、年に1度公開される涅槃図を見せてくださるというのだ。

◇お言葉に甘えて本堂に入ると、大きく掲げられた涅槃図(絵)には、北を枕に横臥するお釈迦様を囲んでお弟子さんを始め、虎や象といった動物たち、蛇や虫などのあらゆる生きものが嘆き悲しむ姿が描かれている。珍しいものを見せていただき少し得した気分になった。お寺の方にお礼を述べて次へ向かう。

◇お寺の前は青梅街道、少し進むと日光街道と交差する。二つの街道が交差する箱根ケ崎はかつて宿場町として栄えた歴史の街だ。

◇日光街道といえば、江戸から千住大橋を渡り古河・鹿沼と通る道が一般的だが、八王子千人同心が日光東照宮を警護するために通ったこの道も日光街道、または日光脇往還道と呼ばれている。同心たちが行き交った道に往時を偲び、瑞穂役場前を通ってお伊勢山遊歩道入口にやってきた。

◇長い急な階段を登り広場に出ると見上げるような慰霊塔が建っている。後を振り返ると表面には横田基地や街並みがよく見える。しかし、ガスがかかって遠望が利かず奥多摩方面の山並みはぼんやりと、富士山の雄姿は見ることはできなかった。

Hodou  ◇ひと息入れて左回りにスカイホール、競技場などを経て山道に入る。冬枯れの落葉の道を進むと所々に「陸軍」と刻まれ、三角点のような形をした石柱が立っている。はて、なんだろうか?

Rikugunn◇戦時中この辺りは、旧陸軍が管轄していた地域であり、近くの中学校は陸軍の射撃練習場跡地に建っているという。もしかしてこの石柱は、境界を示すものではないのだろうか?

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啓明荘・餅つき山行

<日 程> 09.02.08(日)
<コース> 高麗駅-日和田山-駒高-啓明荘(餅つき大会)-武蔵横手駅
<参 加> 37名

◇今回は、山歩きの後はみんなで餅つきを楽しむという趣向、高麗駅前には大勢の仲間が集まった。

◇駅前から左回りに踏み切りを渡り、巾着田の脇を通って集落を抜けると山道に入った。この道は日和田山から物見山へと向かう奥武蔵のメイン歩道、以前は雨水などが流れて荒れていたが、今はよく整備され足に優しく歩きやすい。

◇それもそのはずこの舗装は、環境に配慮してスギ、ヒノキのチップなどで固めたもの、硬いものやストックなど使わないようにと注意書きがあった。

Kommpirajinnjya ◇鳥居をくぐり、男坂と女坂にそれぞれ分かれて金毘羅神社展望台で落ち合った。お天気に恵まれて眼下には高麗駅を始め巾着田や飯能市の街並みが、富士山の雄姿もはっきりと見えた。いつ来てもホッとするポイントだ。

◇神社裏から急登するとほどなく日和田山着。山頂には大きな宝きょう印塔がでんと構え、都心方面の展望も素晴らしい。

◇ひと息入れて下りにかかると、この辺り大昔は海の底であった証に、岩盤に張り付いたアンモナイトの化石が見られる。「こんな山の上に…」 と興味を持った人も多かったようだが、ちなみにアンモナイトは貝ではなくタコやイカなど仲間(頭足類)だそうだ。

◇高指山では高台からの展望を楽しみ、駒高の集落から物見山へ。広い展望台(山頂は北方向に進んだ林の中)は本来なら昼食休憩に格好な場所だが、餅つき大会? が待っている私たちは短時間の休憩で先を急いだ。

Satoyama ◇陽だまりの里山風景を楽しみながらしば進み啓明荘着。ここで現地直行組と合流し参加者は37名となり、いよいよ餅つき大会が始まりだ。

Motituki ◇事前に予約しておいた4臼をみんなが交替で… 大勢なのでたちまちのうちに搗きあがった。あんこ きなこ 大根おろし(からみ)など思い思いに搗きたての餅にからめてほお張ると実に旨い。たらふく食べて余った分はお土産に。

◇最近は自分で餅を搗くということが少なくなったが、昔を懐かしんで楽しんだ仲間も多かったのでは? 帰りは武蔵横手駅に向けて下山した。

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ゆうばり温泉スキー・その3

【3日目・マウントレースイスキー場】

◇ホテルの隣に小さなラーメン屋さんがある。最終日となったお昼に立ち寄ると、私で三代という女性のご主人と親しくい話することができた。

◇炭鉱の街夕張として最盛期には12~3万人の人口を誇った夕張市も、今では1万3千人程度と大幅に減少し、高齢化が益々進んでいるという。目の前には高層市営住宅があるが、その7割はかつて炭鉱で働いていた人たちが占めているそうだ。

◇こうした中でも全国的に知られる“夕張メロン”の栽培や石炭の歴史村、スキー場、ファンタスティック映画祭など多彩なイベントなどが企画され街の活性化に向けた取り組みがされている。

Yuubarieki ◇とりわけ夕張市は、映画の看板では有名な街 至るところに洋画、邦画を問わず往年の名画の看板が目に付いた。これは高倉健や倍賞千恵子などが出演する“幸せの黄色いハンカチ”の舞台となったことも関係しているのだろうか? また、ホテル前にはJR夕張駅の終点駅(始発駅?)がある。時計台のある可愛いらしい駅で印象に残った。

◇本日が最終日、はりきって9時前にゲレンデに着くとゴンドラは動いているがリフトの開始時間にはまだ早い。私たちはゴンドラで山頂を目指した。昨夜降った雪も朝にはあがり、お天気は回復傾向、雪質も良くベストコンデションだ。

◇山頂に着くと誰も滑っていない新雪を滑ることになった。息を吹きかければ飛んでいきそうなパウダースノー 新雪でも雪がからまず快適に滑れるのだから楽しい。

Syupuru ◇ひと息入れて いざ出発! ニーちゃん、おーさん、Kさんの順で大きなシュプールが描かれた。長いことスキーをやっていても、私たち専用のようなスキー場ですべれることはめったにない。最高の気分だ。

Yuubari2◇ゴンドラ・リフトを繰り返し、時間が経つに従って青空も見えてきた。ティータイムもそこそこに夢中で滑ってホテルに戻ったのは午後1時を回っていた。昼食をとって空港へ。

◇新千歳空港では、今話題の花畑牧場、直売場は長蛇の列。人気のチーズは買えず生キャラメルをお土産に飛行機に乗った。

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ゆうばり温泉スキー・その2

【2日目・マウントレースイスキー場】

◇ホテルシューパロという素敵な名前のホテルに泊まって、よく食べ、よく飲んでおしゃべりが続いたが今朝はスッキリ バイキング形式の朝食も十分とって皆さん絶好調。予定どおり9時30分にはマウントレースイスキー場に勢ぞろいした。

◇新千歳空港からバスで1時間半ほどのこのゲレンデは、リフト4基にゴンドラ1基、上級から初級コースまで19コースがレイアウトされた比較的大きなスキー場だ。

Gerennde2 ◇朝起きて窓を覗くと雪が激しく降っていたが、心配していたお天気もゲレンデに出てしばらくすると雪は止み回復傾向、日中は時々晴れ間も覗くベストコンデションになったのだからラッキーだ。

◇8名全員がスキーを付けてイザ出発! まずは小手調べ と リフトで上がり傾斜の緩い初級コースを選んだ。

Rinnkann ◇リフトを降りてひと息ついて、いよいよ滑降開始! 白銀の世界へ一気に滑り降りるもの、おっかなびっくり時間をかけて滑るもの、いろいろだが心配していたMさん、Hさん、kさんがボーゲンで上手に滑る姿を見てひと安心。パウダースノーはさすがに北海道、雪が軽いので滑りやすい。

◇ベテランのニーちゃんやオーさんはスピードを上げてスイスイと… 何回かリフトを繰り返すとゴンドラ乗場に消えていった。

Gerennde ◇とりわけ、ゴンドラは全長1800m、標高702mの冷水山山頂までを一気に運んでくれる。山頂からの大パノラマは素晴らしく、お天気も回復して十分に満喫できた。

◇コースは上級・中級・初級コース、林間コースなどバラエティーに富み自らの技術に合わせて滑ることができる。さらに、最近はスノーボーダーがスキーヤーの数を上回るスキー場も多いようだが、このスキー場は7対3の比率でスキーヤーの数が上回っているというのも嬉しい。

◇当初は空いていたスキー場も、時間が経つにつれてゼッケンを付けた大勢の小中学生の団体が現れ、また、自衛隊服を身に着けた団体の姿も見られようになってスキー場は少しずつ活気を帯びてきた。

◇調子が出てきた私とニーちゃんは4時半頃まで、ほかの仲間は3時半頃まで たっぷり滑ってホテルに戻り、ゆうばり温泉で疲れを癒した。

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ゆうばり温泉スキー・その1

<日 程> 09.02.01(日)~03(火)
<コース> 往き 羽田空港8時15分発=新千歳空港=ゆうばり温泉12時15分着
帰り ゆうばり温泉14時27分発=新千歳空港=羽田空港19時40分着
<参 加> 8名

【1日目・スノーシューハイキング】
◇お昼頃 夕張の“ホテルシューパロ”に着いた。着替えをすませ午後の時間はスノーシューハイキングとするためシャトルバスに乗って約5分、Subeccyao!(スベッチャオ!)にやって来た。

◇そこはスノーシューの他にもスノードライビング、バギー、スノーモービル、雪遊びランドなどがある“雪遊び王国”、私たちの他には観光客の姿はなくやや寂しい感じがした。

Yuubari1 ◇スノーシューは初めてという仲間も多かったが取り付けは簡単、ストックをついて雪の上を容易に歩けるのだから楽しい。ハウスの前から小高い丘に向かって歩き出した。

◇丘の上にはさくらやもみじの木が一定間隔で植樹されている。財政難の夕張市には全国からの支援があるようだが、こうした植樹も市の活性化を図るための一環として全国からの公募によって植えられたもの。東京都や神奈川県など都府県の名が記された札が付いていた。

Yuubari2 ◇植樹された木々の脇を通って登りにかかると、雪はあがってお天気は回復傾向、遠く雪を被った山々が、すぐ下には夕張の街並みが見えた。かつては栄えた炭鉱の街だが今は寂れた感じは否めない。

◇所々キタキツネの足跡を確認しながら快調なペースで1時間半、一回りしてハウスに戻ると近くには石炭博物館があった。しかし、冬の間は休業中なのだろうか? 残念ながら営業はしていなかった。

◇1日目は早めにホテルに戻って温泉と地酒を楽しんだ。

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