年越しそば山行

<日 程> 09.12.19(土)
<コース> 芦ヶ久保駅-源寿院-琴平神社-六番峠-卜雲寺-法長寺-公園・ウォーターパーク(そば山行会場)-横瀬駅
<参 加> 29名

◇今年も当会恒例の年越しそば山行が行われた。軽い山歩きの後は、陽の当たる公園の片隅を借りて、そばを茹で、トン汁やお汁粉鍋などの温かいものを用意、さらには皆さんが思い思いに持ち寄ったお惣菜をつまみにアルコールを傾ける楽しい行事のひとつだ。

◇寒波襲来で12月とはいえ寒い朝だったが、芦ヶ久保駅前には大勢の仲間が集まった。駅前の階段を下りて国道299号道路から右へ、舗装された急な登りを進むと源寿院埼玉別院に着いた。同院には高さ18.5mという正座像があり、好天に恵まれ、後方に構える武甲山がクッキリと見えた。

Kotohira ◇小休止のあと、同院の裏手に回って山道に入る。葉も落ちて辺りはすっかり冬化粧、だが、陽射しを受けて思いのほか温かい。

◇琴平神社着。近くには人家があり、のどかな里山風景が広がっている。ホッとひと時。神社脇にはイノシシを飼う家があり、お家の人に話を伺うと檻のなかの小さいイノシシ(子供)は3代目とか。可愛らしかった。

◇六番峠から卜雲寺へ下り、法長寺へ。現地直行のOさんと合流し、そば山行の会場となるウォーターパークに着いた。

Soba1 Soba2 ◇時間もお昼時、早速会食準備が始まった。東屋の椅子の上には皆さんが持ち寄ったお惣菜が並べられると、やがてトン汁も温まり、そばも茹で上がった。リーダーの挨拶で乾杯! アルコールが苦手な人にはお汁粉も用意されているのだから嬉しい。

◇並べられたお惣菜の数も多く、青空バイキングは大成功。アルコールも入って賑やかになった。そのうちにリーダーが用意した歌集を手に山の歌を全員で合唱することに…

お馴染みの「アルプス1万尺」をみんなで合唱、次のような番外(替え歌)も出た。
・60周年 みんなで祝って あしたも行こうよ あの山へ
・秩父あたりは ワシらのフィールド 里山歩きも楽しいゾ
・会の仲間は ハンサム多いが 髪の毛薄いのが 気にかかる
・歳を重ねて 元気が売りでも 山後の飲みすぎ 気をつけろ

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寄居十二支守り本尊まいりハイキング

◇12月5日(土)、東上線寄居駅で降りると大勢のハイカーでごった返し、駅前の寄居町役場には受付を待つ長蛇の列ができていた。

◇寄居町には全国でも珍しく、十二支守り本尊の霊場があり、八つの寺院に祀られている。行程約10km、今回は霊場をめぐるハイキングに参加した。

◇寺めぐりは、訪問順に天正寺(丑、寅)、正龍寺(辰、巳)、善導寺(子)、少林寺(卯)、放光院(午)、浄心寺(酉)、正樹院(未、申)、西念寺(戌、亥)の八寺院だ。

◇受付をすませて10時10分出発、最初に訪れたのは、来年の干支・寅が祀られている天正寺。だが境内は大勢の人で、お詣りするのも列ができ、ひと息いれる場所もないほどの混雑振りだった。

Syouryuuji ◇次は秩父鉄道沿いの道を辿って正龍寺着、裏手には鉢形城ゆかりの藤田康邦、北條氏邦夫妻の墓がある。展望が開けたポイントを探し、温かい陽射しを受けて小休止とした。

◇少林寺でお詣りをすませ、裏手に回って山道に入る。途中、道沿いに並ぶ五百羅漢(510余体)を観ながら羅漢山山頂へ向かう。お昼時とあって広い山頂では大勢の皆さんがお食事中、私たちもその仲間に入った。

◇帰りは左回りで、960余という千体荒神を観ながら少林寺本尊前へ下りてきた。

Gohyakurakann ◇ちなみに、五百羅漢はそれぞれ表情が異なり、亡くなった人を追慕して一心に尊顔を仰ぎ見るとき、その尊顔の中に亡くなった人の面影を見ることができるという。

◇また、少林寺の千体荒神は、戦時中は戦場の守護神として、現在は選挙のときに当選祈願の守護神として信仰の集めているとか。その数、保存において関東一だという。

◇少林寺を後に、秩父鉄道の踏み切りを渡るとしばらくは街道沿いの道を進む。やがて寄居の街に入り最初の訪れたのは放光院だ。

◇その先、いずれも4~5分の距離で浄心院、正樹院があり、最終の西念寺にゴールしたのは13時50分だった。

◇受付で参加賞を受け取ると、西念寺境内には産地野菜類や飲物、麺類など商う露店も出て賑わっている。私たちは駅まで400mと記された地図を頼りに寄居駅へと向かった。

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奥武蔵研究会創立60周年記念集会

◇11月29日(日)、奥武蔵研究会60周年記念集会が新宿中村屋本店3Fで開催された。

Uketuke ◇戦後間もない昭和24年(1949)、武蔵野鉄道(現西武鉄道)と係わりの深い「武蔵あぶみの会」関係者を中心に奥武蔵を中心とした山の会を作ろうという動きが活発となり、同年11月、会報「奥武蔵」の第1号が発刊され、奥武蔵研究会が誕生した。

◇この間、隔月発行の会報は370号となり、山行回数では2758回を記録している。60周年という大きな節目を迎え、古い歴史を振り返り、新たな出発点としたい今回の集会には、会員歴30年40年、中には50年以上というベテラン会員から、今年入会された新入会員まで総勢72名の皆さんが集まり、会場は大賑いとなった。

Syuukai ◇前半は講演会、後半は懇親会とした今回の記念集会、まずは会長から開会の挨拶も兼ねて「奥武蔵研究会の歴史」と題して草創期の話を中心に講演していただいた。

◇次はHさんから「奥武蔵研究会と私」というテーマで奥武蔵研究会との係わりについて、また、古い会報や氏の出版物等にも触れながらお話いただいた。だが、時間に限りがあり、お二人で30分という時間配分は、余りにも短か過ぎたことは否めなかった。

◇A氏の乾杯で懇親会開始。懇親会は立食形式だが、会場の周りには椅子を十分用意し、腰掛けられるように配慮されている。アルコールも入って宴が進むと、ここかしこで会話が弾み、会場の熱気が伝わってきた。

◇頃合いをみて、古い女性会員による民謡のお披露目だ。同好会に入って民謡を趣味としている彼女は、ほかにも「巨樹巨樹の会」の会員としてあちことちと飛び回っている元気印だ。マイクの音量が小さく、会場の熱気もあって、前段のお話がやや聞き取り難かったのは残念だが、よく通る声で「十日町小唄」を唄い終わると拍手喝采を浴びていた。

◇その後は、少し早いがこの1年を振り返って当会の「十大ニュース」の発表だ。山行中のケガや事故を防ぐために、また起こした場合の対処法について実施した研修会には大勢の皆さんが参加したこと。

◇また今年は、写真集「武甲山 四季彩」「美しき奥武蔵」の2冊が当会名で出版されたこと。会報のDV作業が進められていること。60周年記念イベントは参加者も多く、順調に執り行われたこと。会報表紙に工夫が凝らされたこと。会の山行参加者が増えていること等などが次々に披露され、そのことに係わった皆さんからひと言、コメントをいただいた。

◇やがて、名残惜しい祝宴もK氏の挨拶で中締めとなり、記念誌と中村屋のお菓子をお土産に記念集会はお開きとなった。

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奥多摩むかし道

<日 程> 09.11.22(日)
<コース> JR青梅線・奥多摩駅=水根-浅間神社-しだらくの吊橋-白髭神社-奥多摩駅
<参 加> 30名

◇「午後から雨…」という予報の今朝は辺りが薄暗くなるほどの曇り空、それでも30名という大勢の仲間が集まった。駅前からバスで「水沢バス停」まで往き、奥多摩むかし道を辿って奥多摩駅まで戻ってくるのが今回のコース。

◇奥多摩むかし道は、氷川村から小河内村に達する旧青梅街道のこと。この道は明治から大正、昭和の始めにかけてたびたび改良が行われ、当時の人たちの生活を支える交易ルート、また暮らしの道として使われてきた。今はハイカーが行き交う人気コースとなっている。

Mukasimiti ◇水沢バス停を出発し最初に訪れたのが青目立不動尊。そこは修験法印(山岳修行の最高位の験者)の奥平家で、悪魔退散、衆生済苦と村人を守護し、光明を与えてきたという。傍らには展望台があり、奥多摩湖を見渡すことができる。

Kouyou ◇山道をたどり浅間神社経由で進むと、モミジが紅葉した見晴らしの良い場所に出た。すでに大勢の先客がいたが、私たちも仲間入りして少し早めの昼食とした。相変わらずの曇り空だが雨にならないのだから助かる。

◇それから暫くは見所がいっぱい、「道祖神」「玉堂歌碑」「虫歯地蔵」「牛頭観音」「馬に水飲み場」「縁結び地蔵」「巌道の馬頭様」「惣岳渓谷」「いろは楓」「耳神様」「弁慶の腕抜き岩」など等、案内板の説明書きを読みながら、納得しながら歩くのもまた愉しい。

◇とりわけ、道路や旅人の安全を祈願した道祖神、医療が不自由な当時、平癒を祈って建てられたとされるお地蔵様、結縁成就を祈願した縁結び地蔵、さらには牛馬の通行の無事を祈った観音様や供養等など、当時の暮らしを想い知ることができる。

◇巌道の馬頭様がある前の道は、当時、人ひとりが通れるほどの狭い道、多くの馬が谷に落ちたという。そのたびに供養等が増えていったと記されているが、家族のように大事にしていた馬を失う悲しみが伝わってくるようだ。

Turibasi ◇「道所の吊橋」と「しだらくの吊橋」という二つの吊橋があり、いづれの橋も危険なので一回に渡る人数は5人までとの注意書きがある。順番で橋を渡ると大きく揺れてスリルがあり、橋の上見る眺めすこぶる良かった。

◇白髭神社着。都指定の天然記念物石灰岩大壁(断層面の露出)を側面に建てられた埼玉県日高市高麗神社と縁のある神社だ。敗戦の高句麗から渡来して来た帰化民人のリーダー・高麗王若光の風貌から白髭の名が付いたという。

◇落差7mという不動の滝を見て氷川大橋にやって来た。時間が早いことから、紅葉が見頃の川沿いの遊歩道をひと回り。心配した雨にも合わず奥多摩駅前で無事解散した。

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狭山丘陵を歩く(その3)後編

◇狭山湖外周道路を通って さいたま緑の森博物館案内所に着いた。休憩していると案内所前の水鳥の池にカワセミ発見! 水面近くの小さな枝に止まっている。「どこに どこに!?」とみんなが寄ってくるのだが、少し距離があるのでなかなか見つからない。オレンジ色のお腹と瑠璃色の背中、素敵なこの鳥を観察できたのは、はて 何人?

◇大谷戸湿原、トンボ湿原を通って山道に入ると間もなく休憩ポイント・雑木林広場がある。大きな木々に囲まれたそこにあるのは三等三角点(175.8m)、こんな所に… と少し違和感を感じたが、当時は展望の開けた場所であったに違いない。

Nisikubositugenn ◇雑木林の小道を進み下りにかかると西久保湿地に出た。ここには谷戸田があり、田んぼでは古代米なども栽培されているという。東屋でしばし休止。

Kayanoki ◇人家の脇を通って坂道を登ると安産祈願で有名な西久保観音だ。ここの境内にあるカヤの大木は樹齢約800年、市内第一の古木で高さ23m、根回り4.5mと言うがさすがに大きい。

◇観音様の裏手に回ると出雲祝神社がある。この神社には「重闢茶場碑」と記された大きな石碑が建っているのだが読み方は分からない。後で入間市博物館に問い合わせたところ「じゅうへきちゃじょうひ」とも読めるが、正確には「かさねてひらくちゃじょうのひ」と読むのだそうだ。

Tyajyounohi ◇ここ狭山市宮寺は「狭山茶」発祥の地、それを称えるこの碑は天保3年(1832年)ごろに建立されたもので、日本茶の歴史、狭山茶復興の足跡(川越茶が廃れ狭山茶に)、お茶の効用、茶作りの教訓などが記されているという。

◇神社を後に、最初のうちは茶畑を見ながら里山風景が残る道を進むのだが、やがて車の通りも多くなり単調な街中歩きにやや疲れ気味。やがて左手に瑞穂名物“五輪様の柿の木”が見えてきてホッとひと息、小休止をとった。

Kakinoki◇この柿の木は推定樹齢300年、高さ14m、目通り2.1mという巨木の割りには柿の実は小さく、数も少ない。根元にはこの地区の先住者である細渕家が、江戸時代中期に先祖を祀るために建てられたと云われる五輪様が鎮座していた。

◇日光街道に出て間もなく耕心館に着いた。耕心館は前記細渕家を瑞穂町が取得・整備した教育施設で、茶会などに利用できる和室や喫茶店、展示室などがあり、落ちついた雰囲気がある。

◇ここの喫茶店にぜひ寄ってみたいという希望者が何人かいたので、この場で急きょ解散とし、私たちは箱根ヶ崎駅へと向かった。

◇ちなみに日光街道といえば、一般的に江戸から千住大橋を渡り、古河、鹿沼を通る道を指すが、八王子千人同心が日光東照宮を警護するために参勤したこの道も日光街道と呼ばれていたという。

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狭山丘陵を歩く(その3)前編

<日 程> 09.11.15(日)
<コース> JR箱根ヶ崎駅-福正寺-尾引山遊歩道経由-六道山公園-出会いの辻-狭山外周道路-さいたま緑の森博物館案内所-大谷戸湿原-西久保湿原-西久保観音-出雲祝神社-五輪様の柿の木-耕心館-箱根ケ崎駅
<参 加> 25名

Mizuhomaturi ◇駅前を出発、街中を抜けて役場前にさしかかると“第39回瑞穂町産業まつり”の横断幕が目に入った。賑やかなお祭りの真最中だ。時間に余裕のある私たちは少しの間、お祭りの雰囲気を味わうことにした。

◇会場を抜けると急に辺りは静かになり20分ほどで福正寺に着いた。この寺は開基6百数十年という禅宗の古刹、境内には樹齢7百年という“たらようの木(貝多羅葉樹)”がある。紙のない時代にこの葉を使って文字を書き音信をはかったとされ、「はがき」の語源となっている。

Yuuhodou ◇南側から六道山公園へ向かうには7つの遊歩道があるが、今回は最も東側に位置する尾引山遊歩道を辿ることにした。落葉を踏み分け雑木林を進むと木漏れ日が射し、所々で色づき始まった木々も見えられる。この辺りはコナラやクヌギ、エゴノキなどの落葉樹が多く明るく快適な遊歩道だ。

◇もう少し山歩きを楽しみたいところだが、思いのほか早く六道山公園に着いてしまった。同園のシンボルは高さ13mの展望台、渦巻状の階段を上がると360度の大パノラマが広がっている。案内板を頼りにしばしみんなで山座同定、好天に恵まれて富士山の雄姿をはじめ丹沢山塊や奥多摩の山々、新宿副都心のビル街も見ることができた。

◇展望台前の広場で少し早めの昼食をとり出会いの辻へ向かう。その昔、上州とを結ぶ道や八王子や狭山山麓へ通う道が6本出会ったことがそに名の由来とか。傍らには江戸時代後期造立の庚申塔が建っていた。

◇また近くには、六道山公園の遺跡という説明板があり、その中に古代のものさし「縄文尺」の記述があり興味を持った。

◇発掘された縄文時代住居跡の柱穴の間隔が35cmを基本単位として割り切れるものが多いこと。また、中国南西部や東南アジアにおける「家長の人体尺」として、「尋」(両手を左右に伸ばした長さ)、肘(中指の先端から肘までの長さ)、「あた」(中指と親指とを広げた長さ)などの基づき割竹にナイフで目盛りをつけたものがあるなどが記されていた。

◇ちなみに「中国では“尋”とその2倍の長さ“常”という単位がよく用いられた。この二つを組み合わせてできたのが“尋常”という言葉で、並み、普通であることを意味する」(ウェキペディアフリー百科事典より)という。なるほど!

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有間山稜縦走

<日 程> 09.11.08(日)
<コース> 飯能駅前=浦山大日堂=有間峠-タタラノ頭-橋小屋ノ頭-ヤシンタイノ頭-ショウジクボノ頭-滝ノ入頭-鳥首峠-白岩=飯能駅前
<参 加> 26名

◇今回は、山の奥まで運んでくれる貸切バスの利点を活用し、有間峠までバスで入り有間山稜を縦走するコース。バス予約は早めに満杯となり、予約のとれなかったTさんはバイクとトラックの2台を上手に使って参加したのだからスゴイ。

◇飯能駅前をAM8時出発、河又・有間渓谷観光釣り場経由で有間峠へ。だが、広河原逆川林道に入りカーブの多い細い道で高度を上げると突然、「この先通行止め」の看板が立っていた。道路拡張工事のため、H21.10.5~22.2.10までの間は通れないという。はて 困った!

◇リーダーの判断で急きょコース変更、左に大回りして河又から秩父市内、浦山口、大日堂経由で反対側から有間峠を目指すことになった。

◇バスに揺られて10時40分、有間峠に着いた。1時間20分ほどのロスタイムはあったが、時間的な余裕はあり、身支度を整えてゆっくりと歩き出した。

◇標高1000mを越すこの辺りはすでに冬景色、クマザサが覆う山道に入ると落葉のジュータンができていた。葉を落とした木々の合間から陽が入り、明るく気持ちの良い道だが、落葉の下の木の根や石などが見えないので歩き難い。アランスと崩さないように慎重に進む。

◇タタラノ頭(1213m)着。山頂には回りが欠けた三等三角点があり、比較的広いスペースがある。周りの景色を楽しみながら昼食休憩。

Hasigoya◇橋小屋ノ頭からヤシンタイノ頭、滝ノ入頭へと続く稜線歩きは小さな登り下りを繰り返し、明るく開けた雑木林の中からは所々で秩父や西上州の山々が眺められる快適コースだ。

Torikubi ◇滝ノ入頭から鳥首峠へ向かう道は等高線が密な急な下り、張られたロープや立木を頼りに慎重に進む。「ラクッ!」 と声がかかり何回か落石の危険にさらされながらも無事鳥首峠に着いた。ホッとひと息。

◇この先、名郷へ向かう道は私たちにとっては歩きなれた道、途中廃屋が残る白岩集落でひと休みして石灰採石工場前に下った。15時25分。

◇貸切バスは、すでに同工場前に待機していた。マイカー参加のTさんとはここで別れ、バスは飯能駅前に向け出発した。

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ポンポン山

<日 程> 09.10.28(日)
<コース> 東上線・東松山駅-吉見百穴-北向地蔵-吉見観音(安楽寺)-八丁湖-ポンポン山-荒川土手ー古名バス停=東松山駅
<参 加> OB会月例ハイキング-元気印8名

Hyakuana ◇東松山駅前を出発、30分ほど歩くと国指定史跡・吉見百穴(ヨシミヒャクアナ)に着いた。構内に入ると、表面の岩壁にポコポコといくつもの穴が開いた光景が目に入る。

◇「今から約1300年前の古墳時代末期の横穴墓群であり、文献によると江戸時代の中ごろから『不思議な穴』として人々に興味をもたれていた…。」(パンフレットより)

◇また、構内には「地下軍事工場跡」の看板が立ち、巨大な洞窟がある。薄暗い明かりを頼りに中に入ると、ヒンヤリとしたその洞窟はどこまでも続いている。かつて地下軍需工場用に左右約500mに亘り山腹が掘られ、戦争の爪跡を色濃く残す史蹟でもある。

◇昔からこの土地の人々の信仰を集め、観音巡りの道しるべにもなっていたとされる八坂神社前の北向地蔵を見て広い通りを北東へ進む。脇道にそれると坂東11番の札所・吉見観音(安楽寺)に着いた。

Yosimikannnonn◇モミジやカエデなどに覆われ、清掃が行き届いた境内には大きな坐像・吉見観音がある。ややその時期が早いのが残念だが、見頃を迎えた紅葉はさぞ素晴らしいことだろう。ちなみにこの寺は東松山スリーデーマーチのコースにもなっている。昼食休憩。

Sannsakukosu ◇八丁湖脇からふるさと歩道と呼ばれる雑木林の入ると、丘陵コース、自然観察コース、野鳥観察コース等など傾斜が優しい小路がいくつかある。コナラやアカマツなどの木々に合間から木漏れ日が射す散策コース、思わずホッとするひと時だ。

◇里に降り、オレンジ色の柿がたわわに実る秋風景を楽しみながら進むと高負彦神社に着いた。鳥居をくぐり参拝をすませて裏手に回り、少し登るとポンポン山山頂だ。

Ponnponnyama ◇ポンポン山は標高30mという超低山だが、山頂巨岩の上に立つと北東方向の眺めは素晴らしい。その名は、神社側に下った地面を踏むとポンポンと鳴ることに由来しているとか。試してみると確かにポンポンと音がしたのだから嬉しい。

◇たんぼ道を30分ほど進み荒川土手に着いた。これから先バス停までは土手沿いの長い道、“金八先生”気分で歩き始めた。

◇河川敷ではゴルフやマレットゴルフを楽しむ人の姿があり、上空にはパラグライダーが舞っている。だが、土手歩き1時間はやや長かった。ちなみに、街道沿いの丸い柱には「川幅日本一 荒川2537m」と記されていた。

◇バス停に着くと間もなく東松山駅行きのバスがやって来た。東松山は“やきとり”で有名な街、豚肉の串刺しに味噌だれを付けて食べる名物のやきとりは旨い。乾杯っ!

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武蔵越生ハイキング大会

<日 程> 09.10.25(日)
<コース> 越生町中央公民館-世界無名戦士の墓-大高取山-越生自然休養センター-全洞院-黒山・熊野神社前-黒山三滝前-傘杉峠-顔振峠-諏訪神社-一本杉-鼻曲山-桂木観音前-虚空蔵尊-中央公民館
<参 加> 単独

◇今回で11回目を迎えた本大会、昨年に続き2回目参加の私は、チャレンジコース(27km)を選んだ。

◇7時30分、小雨模様の中を雨具を着けての出発、世界無名戦士の墓経由で山道に入ると長い行列ができていた。だが、雨のためか? 昨年に比べると参加者数は少ないようだ。

◇急な登りで蒸し暑さを感じると間もなく、西山高取近くの展望台に着いた。雨に霞んだ街並みを眺めてひと息つく。その先、小さなアップダウンを繰り返し薄暗い樹林帯を進むと第1回目のチェックポイント・大高取山(376.4m)だ。ファミリーコースの分岐地点でもある。

Satoyama ◇大高取山から4~5分進んだ右手には「大高取山三等三角点」の標識があり石柱が立っている。山道を下り里に下りると越生自然休養センターがある。その先は麦原川沿いの里山風景を眺めながらの平地歩きが続いた。

◇代官屋敷跡や龍穏寺などへの分岐を右に見て山道を下ると全洞院に着いた。この寺には、幕末のころ飯能戦争で官軍に追いつめられ自刃して果てた振武軍副将・渋沢平九郎の墓がある。ちなみに、渋沢平九郎は「ダッソ様」(脱走様)と呼ばれ村人の手によってあつく葬られたとか。

◇第2チェックポイント・黒山着。相変わらずの雨で、ここから引き返す(17km・エンジョイコース)人が多い。チェックを受けて黒山三滝方向(チャレンジコース)へ向かう。

◇黒山三滝からの山道は細い道。ペースの早い人が後につくと、ややあせり気味になり登りがきつい。素直に追い抜いてもらえば良いのだが…

◇傘杉峠経由で顔振峠に着くとお昼時、雨のために峠の茶屋で昼食をとる人が多い。ふと茶店を覗いて驚いた。当会のHさんがちょこんと椅子に座って休憩中…。思わぬ出会いにしばし歓談、次へ向かった。

Suwajinnjya ◇第3チェックポイント・諏訪神社着。雨宿りしながら昼食をすませ写真を撮っていると、さかんに私の名を呼ぶ人がいる。当会のWさんだ。「エッ!」とまたまたの偶然に驚いた。しばし歓談したが彼は健脚、先に行ってもらうことにした。

Hanamagari ◇木々に囲まれて展望のない鼻曲山(447m)に着いた。山頂には本大会のスタッフの人が待機しており、寒さしのぎにしきりに身体を動かしていた。ひと息入れてロープが張られた急な道を下り、桂木観音から虚空蔵尊経由で里に降りた。

◇里山風景を楽しみながら街中に入り中央公民館着は3時50分。Hさん、Wさんと再度合流し、一緒に越生駅へ向かった。

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武甲山

<日 程> 09.10.21(水)
<コース> 西武秩父駅(タクシー)=一の鳥居(表参道経由)-大杉の広場-御嶽山神社-武甲山山頂(長者屋敷尾根経由)-長者屋敷の頭-橋立川-札所28番・橋立堂(タクシー)=西武秩父駅
<参 加> 5名

◇OB会皆さんの希望もあって、今回は臨時月例会として武甲山を目指した。低山歩きが中心の私たちにとって“武甲山はきつい”というイメージがあり、参加者が少ないのはやや寂しい。

◇西武秩父駅からは標高520mの一の鳥居まではタクシーで入り、沢沿いの道を歩き出した。雲一つない好天に恵まれて、ゆっくりペースで歩を進めると沢の水音が心地よい。

◇しばらく進むと、沢の岩場に小さな黒い塊が動いて見える。ミソサザイ? いや、もうひと回り大きい野鳥、カワガラスのように見えた。

◇30分ほどで林道も終わり、ひと息入れて山道に入ると傾斜がきつくなってきた。ゆっくりペースで高度を稼ぎ、18丁目と刻まれた丁石近くには“不動滝”と記された滝があり水場もあった。冷たい水を口に含んでその場を通過。

Oosuginohiroba ◇大杉の広場(標高1000m)着。樹齢うん百年? その名の通り大きな杉の木が立ち、近くには山頂まで あと60分の案内があった。

◇山頂近くになると、杉・檜の植林帯から抜け紅葉した木々が所々で目に入る。山頂直下の御嶽山神社周辺は紅葉まっさかり、落葉を踏み分けて同神社を参拝し、裏手を回って山頂展望台に着いた。

◇展望台からは秩父の山々や秩父市街が手にとるようだ。しかし、やや気温が高いためか遠くの山並みはかすんで見えたのは残念。平日とは言え、山頂周辺では何組もの登山者に出合う、さすが人気の山・武甲山だ。

◇御嶽神社前まで降り陽だまりを探し昼食休憩、風もなく陽射しを受けて温かい。空腹を満たすと思わず眠くなるようなひと時だ。

Karamatu ◇長者屋敷尾根経由で下山にかかる。杉・檜の植林帯を登ってきた表参道に比べると下りは雑木林の中を進み、全く違った山を歩いているような錯覚に襲われる。とりわけ、少しずつ始まったカラマツ林の紅葉が良い。遠く目をやると、シラジクボや子持山、大持山方面も色づき始まっている。

◇長者屋敷の頭で小休止。しばらくは緩やかな尾根歩きだが、その先は急斜面の下りが待っていた。途中、ロープや立ち木に頼りながらの下りは足に負担がかかる。遂にしばらくぶりに参加のKさんが足を痛めて遅れ気味になった。

Tyoujyayasiki ◇休憩をとっていると、後から5人連れの女性ハイカーが降りてきた。確か山頂で出会ったあの人たち? 思わず声をかけると、彼女たちも立ち止まり、思わぬ所で対話が始まった。子育てが終わって、グループで山歩きを楽しんでいる地元の皆さんとか。まだまだ若いお母さんたちとのひと時だった。

◇橋立川沿いの林道を進むと前方に数羽のヤマドリがいる。そーッと近づくと飛び立って逃げる。しばらくすると、前方にまたあの?ヤマドリが…。私たちの進む方向に何回かその姿を確認しのだから珍しい。

◇札所28番・橋立堂着。到着時間が遅くなりタクシーに便乗し西武秩父駅へ向かった。最後はお楽しみ、駅前ソバ屋でビールで乾杯。

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