八王子城址跡

<日 程> 09.07.12(日)
<コース> JR高尾駅=霊園正面-八王子霊園-八王子城管理棟-古道-曳橋-虎口-御主殿跡-八王子神社-本丸跡-金子丸-管理棟-霊園前=高尾駅
<参 加> 17名

◇霊園正面でバスを降りて、最初に訪れたのは八王子霊園。平成15年、93歳でお亡くなりになった当研究会Yさんのお墓を訪ねるためだ。往時を偲びお墓参りをすませると八王子城跡管理棟へ向かった。

◇八王子城は関東地方に勢力を誇った北條氏最大の支城、北條氏照が築いた山城だ。後に近世城郭の一つの特徴ともなった石垣を取り入れたところに、古い時代の山城にはない特徴がある。平成18年日本城郭協会より「日本100名城」に選定されたが、戦国時代の山城としての状態を良く残していることなどが選ばれた要因になっているという。

◇1590年、豊臣秀吉の関東制覇の一環として前田利家や上杉景勝軍によって攻められ落城、氏照(落城時は小田原城に籠城中だった)は兄の氏政とともに自刃し北条氏は滅亡する。

Hikibasi ◇古道を進むと大きな木々に囲まれ、ヒンヤリとして気持ちがいい。御主殿へ渡るために架けられたとされる橋が曳橋、戦国時代の雰囲気を考えて架けられた立派な橋だ。御主殿は氏照の館があったところ、イザと言う時はこの橋を壊し敵の侵入を防いだという。

◇虎口(城の入口)の階段を登って御主殿跡着。広い跡地で昼食休憩、広場の端で大きなスコープを三脚に載せて、林を覗く5~6人の人たちに出合った。珍鳥・サンコウチョウがお目当てのバードウォッチャーの皆さんだ。

Matukikuruwahe ◇昼食をすませ、探鳥を楽しむ彼らの脇を通って山道に入った。御主殿と本丸を結ぶ道、距離は短いが思いのほかきつい、往時を偲びながらひと汗かくと松木曲輪だ。中の丸、二の丸とも呼ばれたこの曲輪、西方向の展望が良い。

◇松木曲輪近くには八王子神社がある。その昔、権現菩薩妙行が山頂で修行中、牛頭天王と八人の王子が現れた。その因縁で八王子権現を祀ったとされているが、この伝説が「八王子」の名称の起源となったという。

Honnmaruato ◇神社の脇から少し登ったところに本丸跡がある。城の中心で最も重要は曲輪だが、平地はあまり広くないので大きな建物はなかったとか。

◇下りにかかり、尾根をひな壇状に造成し、敵の侵入を防いだとされる金子丸に着いた。木々に囲まれて今はその面影は感じられない。小休止。

◇途中、観音堂経由で出発地点の管理棟に戻り、ここで八王子城跡をひと回りしたことになる。木陰でひと休みしてバス停へ向かった。

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板石塔婆と下宿内山遺跡

◇先日、清瀬市郷土博物館の映画会「埼玉の板石塔婆」を観てきた。

◇映画は埼玉県内の板石塔婆(板碑)が紹介され、板碑と何か? どのような目的で造られたのか? など画面を観ながら分かりやすく説明していた。

◇板石塔婆(板碑)は、葬送にともなう塔婆的な性格をもって建立されはじめ、その数は鎌倉時代から室町時代に至るまで関東地方を中心に3万基以上といわれている。とりわけ、板碑が埼玉県に集中しているのは、加工して造る青石(緑泥片岩)の産地であったことも大きく影響しているという。

◇板碑建立の背景には、飢饉の苦しみや巨大地震、大洪水の発生などが続き、さらに追い討ちをかけるように起きた事件が蒙古襲来。こうした末法(思想)の世にあって、現世利益の無力化を眼にした人々は身分の別なく極楽浄土へ導いてくれる南無阿弥陀仏にすがり、「なむあみだぶつ」の六文字を唱えた。このような世情のなかで宗派をこえて阿弥陀仏を創生、板碑は生み出されたという。

Itabi◇会場は郷土博物館、映画が終わって館内の展示物を観て回ると板石塔婆が展示されていた。わが街清瀬には、“野塩西原遺跡”と“下宿内山遺跡”の二つの遺跡が残されているが、とりわけ、宿内山遺跡には多数の板石塔婆が埋没していたという身近な話に興味をもった。

◇清瀬は多摩地域のなかでも小さな市だが、いまも武蔵野の面影を残し、金山緑地公園を始め緑地が多いことから自然観察会などに訪れる人たちが少なくない。ちなみに、3月28日から4月5日までは恒例の“第10回カタクリ祭り”が行われ毎年賑わいをみせている。

◇映画を観て今と昔を想った。

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秩父札所めぐり(3)

<日 程> 08.09.23(火・祝)
<コース> 西武秩父駅-13番・慈眼寺-14番・今宮坊-15番・少林寺-16番・西光寺-17番・定林寺-18番・神門寺-19番・龍石寺-20番・岩之上堂-バス停(同寺入口)=西武秩父駅
<参 加> 16名

◇今回は秩父市内の13番から20番までの札所めぐり、約9kmの平地歩きだ。ここのところ朝晩はめっきり涼しくなったが日中は舗装道路の照り返しがきつい。

◇駅前を出発して最初に訪れたのは「目にご利益がある」という13番・慈眼寺。幸い目の病気はないが、このまま順調であることを願って参拝すると、次の14番・今宮坊へと向かった。

Ryuujinboku ◇途中、14番手前には今宮神社があり境内の大ケヤキを観ることにした。幹回り8.56mという大ケヤキには空洞があり、昔から「洞木」と呼んで龍神の棲みかであると云われてきた。また、境内の龍神池から湧き出る「武甲山伏流水」は環境省の「平成の名水百選」選定されている。この水で清めたお金は「一粒万倍」になるとか。

◇15番・少林寺には、“秩父事件”で殉職した窪田・青木両警部補の立派な墓があり、当時の山縣有朋内務大臣から贈られた碑文などがあった。

Sakadaru ◇16番・西光寺着。境内には、かつて「木札」を打ちつけたという納付堂(打ち付けた沢山のクギが残っていた)や、名刺を貼って祈願するとお金が倍になるという酒樽大黒様、四国八十八ケ所をお参りしたと同じことになる回廊などがあり観て回った。

◇特に酒樽大黒様(酒樽)は、大正年間に仕込み樽として作られたというが、ちなみにこの樽は三十石樽と言い1日三合、三十年分入るそうだ。

Titibubasi ◇秩父市外には“江戸巡礼古道”の道標が立ち道に迷うことはない。17番・定林寺、18番・神門寺、19番・龍石寺と回って秩父橋で荒川を渡り(左岸へ)、樹木に囲まれた小道を登ると20番・岩之上堂に着いた。本日最後の参拝をすませ、近くのバス停から西武秩父駅へ向かった。

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秩父札所めぐり(2)

<日 程> 08.07.13(日)
<コース> 横瀬駅-9番・明智寺-7番・法長寺-6番・卜雲寺-8番・西善寺-12番・野坂寺-西武秩父駅
<参 加> 18名

◇梅雨の晴れ間とは言え猛暑の中、最初に訪れたのは札所9番・明智寺。お詣り、納経をすませて木陰に入ると、すでに下着は汗で濡れていた。“こまめに水分補給を”と言うが、この調子ではペットボトルが何本当ても足りないようだ。

Houtyouji ◇国道299号線を横断し、急な階段を登ったところに札所7番・法長寺がある。平賀源内の原図によって建てられたとされる本堂は堂々としており、境内には牛伏堂にまつわる牛のモニュメントがあった。

◇次は坂を登った高台にある卜雲寺。ここから眺める武甲山は素晴らしいが、残念なながらモヤがかかってかすんで見えた。登り口には“ねがい地蔵尊”があり、子育て、身体健全、延命のねがい尊として崇められているいう。お寺で用意してくれた梅干、もろきゅう、お茶のサービスが嬉しかった。

◇次の西善寺までは徒歩で約30分、途中の御嶽神社近くで木陰を見つけて昼食とした。傍らには、県指定旧跡・「秩父絹発祥の地 城谷沢井」と記され建て看板があった。

Kominemomiji ◇西善寺の山門を潜ると大木が目に入る。樹齢約600年と言われる天然記念物“こみねもみじ”だ。幹回り2.9m、樹高9mの大木は、青苔の中に根を生やし太い枝を伸ばし、なかなかの圧巻だ。

◇最後は横瀬駅へ一旦戻り、ひと息入れて札所12番・野坂寺へ。お詣りをして休憩舎で休んでいると遠くで雷が鳴り出し、ポツリポツリと雨が降り出してきた。大急ぎで西武秩父駅に向かい15分ほどで駅に着いた。札所めぐり2回目終了、打ち上げのビールが旨かった。

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秩父札所めぐり(1)

<日 程> 08.06.15(日)
<コース> 西武秩父駅=札所1番(四万部寺)-2番(真福寺)-3番(常泉寺)-4番(金昌寺)-5番(語歌堂)-10番(大慈寺)-11番(常楽寺)-西武秩父駅
<参 加> 26名

◇秩父三十四ヶ所の観音霊場は、西国三十三ヶ所、坂東三十三ヶ所と共に日本百観音に数えられ、平成20年3月18日から7月18日までの3ヶ月間、「日本百観音報恩総開帳」が行われている。

◇文暦元年(1234)開創という古い歴史を刻む秩父札所、江戸時代には庶民の間に広がり札所巡礼が盛んに行われていたという。これまでも個々に訪れることはあったが、総開帳を機会に三十四ヶ所のすべてを歩き継ぐことになった。

◇札所1番・四万部寺(しまぶじ)が出発点。まずは山門を入りお詣りをすませ、納経所に立ち寄り納経帖を購入した。

Simabuji ◇納経とはその名の通り“ありがたいお経を書き写しお寺へ納めることで、その証としてご朱印をいただくこと”とあるが、いまはお詣りすることで納経帖に墨書・ご朱印をいただくことができる。

◇四万部寺は、発願寺にふさわしく格調高いお寺、昔の偉いお坊さんが四万部の経典を読誦したことにちなんでその名が付けられたという。

◇札所2番・真福寺。秩父札所も当初三十三ヶ所であったが、その後真福寺が加わり三十四ヶ所になったとか。納経所は本寺とは少し離れた光明寺にあった。

Kinnsyouji ◇札所3番・常泉寺から4番・金昌寺へ。境内には羅漢、観音、地蔵などさまざまな石像があり、山登りの帰り道に立ち寄るおなじみのお寺だ。

◇お天気に恵まれて日差しが強く、舗装された車道歩きは予想以上に疲れる。参加人数が多いこともあって隊列は乱れがち、リーダーは皆をまとめるのにひと苦労だった。

◇札所5番・語歌堂10番・大慈寺でお詣りをすませると、次は境内の裏から山道をたどるコースがある。車道を避けて木立の中に入ると緑に囲まれた樹林帯 ホッとひと息ついた。

◇適度な起伏を楽しみながら進むと11番・常楽寺に着いた。お詣りをすませて納経所へ向かう。すでに納経を待つ大勢の参拝者が順番待ちで思わぬ時間がかかった。

◇予定の7寺を巡るとすでに時計の針は4時30分を指している。皆さんの帰る方向がそれぞれに違うことから、本寺での解散となった。

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